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大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)1004号 判決

控訴人(原告) 中坊浩三 外一一名

被控訴人(被告) 株式会社ニュードライバー教習所

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

(求める裁判)

一  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、控訴人らに対し、別紙請求債権目録の各総請求金額欄記載の金員及びこれらに対する昭和五八年一一月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  この判決の第二、三項は、仮に執行することができる。

二  被控訴人

主文と同旨。

(主張)

当事者の主張は、次に補正、付加する他は、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  補正

1  原判決別紙請求債権目録1ないし16を、この判決別紙請求債権目録1ないし12に改める。

2  原判決七枚目表七行目の「16」を「12」と、九行目の「10」を「7」と、同行から一〇行目にかけての「11ないし16」を「8ないし12」とそれぞれ改める。

3  同七枚目裏三行目の「16」を「12」と改める。

4  同七枚目裏六行目から同九枚目表一行目までを次のとおり改める。

「5(一) 本件請求権発生の根拠は、本件各協定にある。被控訴人は、乗務手当、勤務手当算定において、年次有給休暇(以下、年休という)を取得した場合を欠勤扱いしているが、このような各協約の解釈運用は、違法、無効であり、右協定の正しい解釈、運用ではない。本件各協定を憲法二五条、二七条、労働基準法(以下、労基法という)三九条、信義誠実の原則、条理に則り、正しく解釈するならば、乗務手当、勤務手当の算定において、年休を取得した場合を出勤扱いして算定すべきである。本件各協定を有効なものとなるよう解釈するためには、被控訴人の右解釈、運用は許されない。(二) 本件各協定は、乗務手当、勤務手当のいずれにおいても、一定額から欠勤日数に応じ、段階ごとに減額することとしており、しかも、乗務手当については、年休権行使に先立つて協定が締結されており、勤務手当については、昭和五八年度分は、一部年休権行使に先立つて協定が締結されており、他は過去の年休権行使の後に協定が締結されてはいるものの、毎年同類型の協定が締結されている。このような各協定のもとで、年休を取得した場合を欠勤扱いして、乗務手当、勤務手当を段階ごとに減額するという解釈、運用が行われれば、それは、年休取得を理由に、賃金の一部を減額するという不利益を課すことになり、その不利益の金額も極めて多額になるから、労働者がこの不利益を回避しようとすれば、年休権行使をしないように強制されることになる。(三) 憲法二五条、二七条二項を具体化した労基法三九条の年休権は、労基法三九条一、二項の要件が充足されることによつて法律上当然に発生する権利であり、それは労働者に賃金の保障をすると共に実質的な休息を与えるためのものであるから、使用者は、年休手当の支給を含む年休を与える義務を負うと同時に、それを保障するため、時季変更権以外は、これを妨げてはならない。被控訴人の本件各協定の解釈、運用は、実質的に年休権行使を抑制することになるから、年休権を保障した労基法三九条に違反し許されない。本件各協定が、被控訴人の解釈、運用を招くものとして締結されたものならば、それは違法、無効である。(四) 被控訴人の賃金規定では、精勤手当では、年休を取得した場合は出勤扱いされると規定されている。同一会社における賃金体系からすれば、本件各協定の解釈においても同一でなければならない。」

5  同九枚目表末行の「16」を「12」と改める。

6  同九枚目裏四行目の「16」を「12」と改める。

二  被控訴人

1  本件各協定は、労使間の合意を文書化したものであるから、その文面において、仮に不明で解釈すべき点があるとすれば、当事者の意思を解明すべきであり、これを無視して、法規に適合するように解釈すべきものではない。当事者の合意内容が違法であれば、その違法部分を無効とすればよいのである。

2  本件各協定は、控訴人らが原審で「原告としても、原告の所属する労働組合が被告との間で、有給休暇を取得して休んだことが、勤務手当や乗務手当の支給において不利益に取扱われるような賞与協定や賃金協定の各労働協約を締結したことを否定するものではない。」とか、「労働組合は、団体交渉で右協定の右のような問題点を指摘してきたが、被告は右協定をのむかのまないか、妥結したその月から賃上げや一時金支給をするとの態度に固執したので、労働組合としては、協定がなく一時金や賃上げがまつたくなされないままの状態が続くよりましだと考え、被告の提案に已むなく応諾した。」などと主張した程、当事者間では、明確に、実労働日数、時間をもつて計算することに合意が成立していたのである。

3  本件訴訟は、控訴人ら全員が所属する労働組合と被控訴人との間で締結された各年度の協定を無視し、右各協定に反する請求をしていることは明白である。本件請求は、協定の有する不可争力に反するものとして、或いは信義則違反として棄却されるべきである。

4  被控訴人の次長亀川良夫の証言、控訴人ら所属労働組合の分会長兼副中央執行委員長である控訴人中坊浩三の供述によれば、本件各協定では、乗務手当、勤務手当のいずれにおいても、年休取得日は、出勤日数とみなさない取扱をすることを前提に、そのことを内容として合意されたことが明らかである。

三  控訴人ら

被控訴人の右3の主張は否認する。

本件各協定では、年休を勤務手当、乗務手当算定にあたつて、出勤日数や乗務時限数に算入するか否かについては、労使間には何らの合意もされていない。

仮に右合意が存在するとしても、右合意部分は労基法三九条違反として、その部分は無効となり、何も合意しなかつたことになる。

(立証)〈省略〉

理由

一  引用にかかる請求原因1ないし4の事実及び被控訴人が年休手当として労基法三九条四項所定の健保日額を支給していることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、被控訴人の抗弁について判断する。

1  まず、自白の成立について判断する。

本件記録によれば、控訴人らは、原審第二回口頭弁論期日で陳述した昭和五九年一月三〇日付準備書面で、被控訴人が当審の主張2で指摘した主張をし(同準備書面第一の二)、更に第三回口頭弁論期日で、「勤務手当、乗務手当に関する労働協約には、右手当額算出について有給休暇の取扱についての明文の定めはないが、協約締結前の労使間の団体交渉の際に被告側が有給休暇は右手当算出について考慮しないことを主張し、右協約はこれを前提として締結されたものである。」と主張したが、第五回口頭弁論期日で右各主張を撤回し、「原告の所属する労働組合が被告との間で有給休暇を取得して休んだことが勤務手当や乗務手当の支給において不利益に取扱われるような賞与協定や賃金協定の各労働協約を締結したことはない。」と主張し、被控訴人は直ちに右主張は自白の撤回となるとして異議を申し立てた。

被控訴人は、第一回口頭弁論で陳述した答弁書で、求釈明の理由として、「被告は原告ら所属組合との間で成立した労使間協定に基づき、同協定どおりに賃金や賞与支給を行つてきたつもりである。」と述べている。

右当事者双方の主張を検討すると、被控訴人の抗弁については、自白が成立している。

2  そこで、控訴人らの自白の撤回について判断する。

成立に争いのない甲第一号証、第三号証、第五ないし第七号証、第九号証、証人亀川良夫の証言、控訴人中坊浩三本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、控訴人らはいずれも京都自動車教習所労働組合(旧名称、全自動車教習所労働組合)に所属しているところ、同組合は、被控訴人と本件各協定を締結するに際し、年休取得日が出勤日として扱われないことを前提として合意したことが認められ、他にこの認定を覆すに足る証拠はない。

3  右認定によれば、控訴人らの自白の撤回は、真実に反しているから許されない。

三  控訴人らは、本件各協定で、年休取得日を出勤扱いにしないのは、労基法三九条違反で無効である旨主張するので、これについて判断する。

1  労基法三九条は、使用者に同条四項所定の金員を支払つて、労働者に同条一、二項所定の有給休暇を与えることを義務づけている。

被控訴人が、控訴人らに年休を与えていない旨の主張はないし、被控訴人が年休手当として労基法三九条四項所定の健保日額を支給していることは、前記当事者間に争いのない事実記載のとおりである。

そうすると、年休の付与については、被控訴人には、労基法三九条違反の事実はない。

2  (乗務手当)

成立に争いのない甲第一二号証(賃金規定)によれば、乗務手当は、賃金規定中の第三章(基準外賃金)第一五条(時間外手当)第三項に規定され(なお、同条第一、二項は残業についての時間外賃金に関する規定である。)、その内容は、技能指導員については勤務時限に応じ一定額の手当を支払うものであることが認められ、他に、この認定を覆すに足る証拠はない。

出勤日の乗務時限が特定されていること、年休取得日(一日未満もある)の乗務時限を何時間とするかについての規定、労使間の合意の存在の主張、立証はない。

本件各協定及び右認定によれば、乗務手当は、技能指導員について一定額が定められていて、欠勤(乗務しない時限)に応じてこれを減額するものではない。

そうすると、本件各協定のうち、乗務手当について、年休取得日を出勤日として扱わない旨の労使の合意は、労基法三九条に直接違反するものでないし、その趣旨に反するものでもなく、又、公序良俗に反するものでもなく、有効なものである。

3  (勤務手当)

勤務手当に関する認定判断は、次に補正する他は、原判決一五枚目裏八行目から同一七枚目裏六行目までと同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決一六枚目表四行目末尾の「結」から八行目までを「本件では、本件各協定について、年休取得日を出勤日として扱わないことを被控訴人と控訴人ら所属労働組合が合意しているので、右差額が著るしく大きく、労働者をして年休取得を抑制させる程度のものと認められる場合には、労基法三九条に反するものとして無効とすべきである。」と改める。

(二)  同一七枚目裏二行目から六行目までを「ないが、右差額が著るしく大きく、労働者をして年休取得を抑制させる程度のものとは認められず、勤務手当について年休取得日を出勤日として扱わない旨の労使の合意は、労基法三九条に反せず、公序良俗にも反せず、有効なものである。」と改める。

四  以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人らの請求は、いずれも理由がないので、これらを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用については、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎 道下徹 渡辺修明)

請求債権目録1~12〈省略〉

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 原告らの請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告は、別紙請求債権目録1ないし16記載の各原告らに対し、各原告らに対応する右目録の「総請求金額」欄記載の各金員及びこれらに対する昭和五八年一一月三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言。

二 請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一 請求原因

1 被告は、自動車運転資格者の養成等を業とする株式会社であり、原告らは、いずれも被告の従業員であり、かつ総評全国一般労組京都地本京都自動車教習所労働組合(以下、組合という。)ニュードライバー分会の組合員である。

2 被告と組合との間で、給与等に関し次のような協定がなされた。

(一) 昭和五六年度年末賞与協定

(1) 協定成立日    昭和五六年一一月二四日

(2) 算定期間     昭和五六年五月二一日から同年一一月二〇日まで

(3) 算定基準     昭和五六年一一月二〇日現在の在籍・給与

(4) 支給項目、支給額 別紙賞与目録(一)のとおり

(5) 受給資格     支給日当日在籍者

(6) 支給日      昭和五六年一二月五日

(二) 昭和五七年度賃金協定

(1) 協定成立日    昭和五七年四月一四日

(2) 乗務手当     現行乗務手当支給基準を別紙乗務手当支給基準目録(一)のとおり改正する。

(3) 実施       昭和五七年四月分から

(三) 昭和五七年度夏季賞与協定

(1) 協定成立日    昭和五七年六月二六日

(2) 算定期間     昭和五六年一一月二一日から昭和五七年五月二〇日まで

(3) 算定基準     昭和五七年五月二〇日現在の在籍・給与

(4) 支給項目、支給額 別紙賞与目録(二)のとおり

(5) 受給資格     支給日当日在籍者

(6) 支給日      昭和五七年七月一〇日

(四) 昭和五七年度年末賞与協定

(1) 協定成立日    昭和五七年一一月二二日

(2) 算定期間     昭和五七年五月二一日から同年一一月二〇日まで

(3) 算定基準     昭和五七年一一月二〇日現在の在籍・給与

(4) 支給項目、支給額 別紙賞与目録(三)のとおり

(5) 受給資格     支給日当日在籍者

(6) 支給日      昭和五七年一二月四日

(五) 昭和五八年度給与等に関する協定

(1) 協定成立日    昭和五八年三月一九日

(2) 乗務手当     乗務手当の支給額を引上げ、別紙乗務手当支給基準目録(二)のとおり改正する

(3) 実施       昭和五八年三月分から

(4) 算定期間     昭和五七年一一月二一日から昭和五八年五月二〇日まで

(5) 算定基準     昭和五八年五月二〇日現在の在籍・給与

(6) 支給項目、支給額 別紙賞与目録(四)のとおり

(7) 受給資格     支給日当日在籍者

(8) 支給日      昭和五八年七月九日

((2)、(3)は乗務手当関係、(4)ないし(8)は夏季賞与関係)

(六) 昭和五八年度夏季賞与追加金協定

(1) 協定成立日    昭和五八年七月六日

(2) 支給額      (五)記載の協定に基づき支給される各人の同年度夏季賞与額(但し役職手当、年功手当を除く)の三割と五万円の合計額

(3) 受給資格     支給日当日在籍者

(4) 支給日      昭和五八年七月九日

3 右各協定中の乗務手当の額は次のように計算される。

(1) 支払われる乗務手当=乗務手当+乗務手当割増

(2) 乗務手当割増=乗務手当/労働タイム×0.25×残業タイム

(3) 労働タイム=所定労働時間+残業時間

4 昭和五六年六月分(五月二一日から六月二〇日まで)から昭和五八年九月分(八月二一日から九月二〇日まで)までの原告らの「所定日数」(就業規則四一条にいう休日を差し引いた全教習日数)、「出勤日数」、「欠勤日数」(所定日数のうち有給休暇、特別休暇以外で欠勤した日数)、「有給日数」、「特休日数」、「乗務時限」(現実に教習をした時限数)は、別紙請求債権目録1ないし16記載の各該当欄記載のとおりであるところ、被告は、同目録1ないし10記載の原告らについては昭和五六年度以降、同目録11ないし16記載の原告らについては昭和五七年度以降の賃金引上げ、賞与支給に際し、各人がそれぞれ取得した年次有給休暇日を乗務手当及び勤務手当算定の基礎となる乗務時限及び出勤日数に含めない取扱いをし、その結果、原告らに対し、別紙請求債権目録1ないし16記載の「支払われた乗務手当」欄及び「支払われた勤務手当」欄記載の各金員を支給したのみである。

5 しかしながら、乗務手当、勤務手当支給にあたり、年次有給休暇を不就労又は欠勤扱いとする被告の取扱いは次のとおり違法無効である。

労働基準法(以下、労基法と略称する。)三九条は年次有給休暇の権利を保障する。当該権利は憲法二五条及び二七条二項の規定により労働者に保障された権利を具体化し、労働者に人たるに値する生活を維持させるため、一定時間の就労からの解放とその間の賃金相当額の支払を不可分一体の権利として保障するものであり、単に労働者の労働からの解放にとどまらず、賃金の支払を義務づけることにより賃金収入を生活の唯一の手段とする労働者に実質的な休息を与えようとするものであり、使用者は労働者から年次有給休暇の請求があつた場合には休暇手当の支給を含む右休暇を与える作為義務を負うと同時に、それを保障するため時季変更権を行使する以外のいかなる場合も労働者の年休行使を受容しこれを妨げてはならない不作為の義務を負う。

ところで、被告の4項記載の取扱いは原告らが年次有給休暇を取つた場合、2、3項記載の乗務手当、勤務手当の計算方法から明らかなとおり、それ自休あるいは他の欠勤、不就労と合わさつて右各手当額の減少をもたらすことになり、かかる被告の年次有給休暇取得に対する不利益扱いは結果的に労働者に賃金あるいは一時金を得るために年次有給休暇の権利を行使しないことを強いることになり、労働者に安んじて休暇を取得させようとする労基法三九条の趣旨を没却するとともに年次有給休暇取得者を不当に差別するものである。したがつて、被告の右不利益扱いは憲法一四条、二五条、二七条、労基法三九条に違反し、民法九〇条の公序良俗に反するものとして無効と解すべきである。

6 したがつて、年次有給休暇によつて休んだ日については出勤日として扱い、賞与算定期間内の出勤日数に加えて勤務手当を算出し、かつ、原告らの各月の一日当りの平均乗務時限から必要的残業時間分一時限を引き、少数点以下を切り捨てた時限をもつて年次有給休暇日を出勤日とした場合の一日の乗務時限とし、右乗務時限に各月の年次有給休暇日数を乗じたものを加算した乗務時限により乗務手当が算定されるべきである。そうすると、原告らが前記各協定に基づき支払われるべき乗務手当及び勤務手当はそれぞれ別紙請求債権目録1ないし16記載の各原告らに対応する当該各欄記載のとおりとなる。

7 よつて、原告らは被告に対し、それぞれ支払われるべき乗務手当及び勤務手当の合計額から支払われた乗務手当及び勤務手当を差引いた金員(別紙請求債権目録1ないし16記載の「総請求金額」欄に記載の各金員)及びこれに対する訴状送達の翌日(昭和五八年一一月三日)から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否及び被告の主張

1 請求原因1ないし4の事実はすべて認める。

2 同5、6は争う。

被告の右取扱いは次のとおり法に従つたもので、何ら違法無効ではない。

労基法三九条四項は年次有給休暇の場合に支給すべき賃金について規定するが、被告においては右規定但書の健康保険法に定める標準報酬日額に相当する金額(以下、健保日額という。)を労使間協定に基づき支給している。憲法には年次有給休暇の定めはなく、労基法によれば「就労せず休暇を取つても、労基法三九条に定める手当が支給される休暇」が年次有給休暇と解されるのであり、法は右条項に定める手当につき、それ以外の手当を支給することやその計算において特殊な計算をすることまでは要求していない。被告は年次有給休暇につき労基法に定める基準どおりの手当を支払つているものであり、何ら非難されるいわれはない。本件乗務手当、勤務手当に関しこれを敷衍すれば、乗務手当は、幾多の企業で実施されている歩合給、出来高給、奨励金、時間外手当等と同様就労状況に応じて変化する変動給であるが、この計算に際し、実際勤務していない時間についてまで勤務したものとみなしてその時間や出来高を算出しそれに基づいて手当額を計算することは全く行われていないし、これを行うべき法理もなく、また、賞与は月々の賃金と異り、恩恵的報賞性、利益配分性を含む種々の性格を有し、この結果として収益に対する寄与分による計算をなすことも当然許され、賞与の一部である勤務手当算定にあたり収益の寄与分を計算する最も判りやすいメルクマールの一つである実労働日数を用いることに何ら問題はない。更に乗務手当については原告ら主張の方法による支給は当該年次有給休暇に関しては乗務手当の二重取りになる。すなわち被告の月々の賃金支給項目は別紙別表記載のとおり基本給他八項目あるところ、健保日額の算定に当つては同表「有給手当基礎」欄記載のとおり乗務手当も含む全項目を対象としてその日額が算出されているが、他方年次有給休暇を一日取得した場合に控除される金額は賃金規程により同表の賃金支給項目中基本給、路上手当、通勤手当、家族手当を加算した額を二四・五で除した額になる。そして一日の有給休暇につき健保日額相当分の手当が支給されるのであるから、右手当については既に乗務手当は折込み済みと解されるのである。

三 被告の主張に対する原告らの反論

1 乗務手当、賞与の性格についての被告の主張は争う。

乗務手当を変動給とすることは、労基法二七条が労働者の生活を安定させるため一定額の賃金を最低保障給として固定させようとしている趣旨に反するし、賞与の性格についての被告主張も、賞与は労働者が毎年定期的に支給されるものと暗黙のうちに決めているものであり、月々の賃金が労働の対価として公正な賃金を実現していないので、その不足分や未払分を追加賃金として賞与の名目で支給するものであるという賞与の賃金後払的な性格を看過している。

2 被告が有給休暇手当として労基法三九条四項所定の健保日額を支給していることは認めるが、被告の右取扱いは同法一一九条の刑事責任を生じない、すなわち公法上同法違反にならないというだけであり、私法上は違法ないし無効である。

3 本件で原告らは請求原因2記載の各協定に基づく乗務手当を請求しているものであり、それは有給休暇手当がどのように算定されるかという問題とは別個の問題である。仮に有給手当の中に乗務手当分が算入されているとしてもその額がいくらであるのかということは原告らにおいてわかりようもなく、訴訟法的にみても右乗務手当分が差引計算されるべきだというのであればその具体的な金額は被告において主張立証すべき事項である。

四 抗弁

請求原因2記載の各協定につき、被告と組合との間では、勤務手当は実出勤日数により、乗務手当は実乗務時間数により計算する旨の合意がなされていた。

なおこの抗弁に対する原告らの自白の撤回には異議がある。

五 抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

なお第二回口頭弁論期日陳述にかかる原告第二準備書面第一の二項の主張は被告が抗弁を主張する以前になされたものであり、抗弁に対する自白とはならない。仮に自白の成立があつたとしてもそれは原告ら代理人らが原告らの説明を誤解してなしたものであり、かつ真実に反するものであるから自白を撤回する。

仮に組合が被告との間で被告主張のとおりの合意をしたとしても、かかる合意は強行法規たる労基法三九条あるいは公序良俗に違反して無効であるから原告ら個々の労働者を拘束するものでない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一 請求原因1ないし4の事実と、被告が年次有給休暇手当につき労基法三九条四項所定の健保日額による手当を支払つていることは当事者間に争いがなく、被告が従来から乗務手当、勤務手当額の算出について、年次有給休暇を出勤日数として取り扱つていないことは弁論の全趣旨により明らかである。

二 原告らは乗務手当、勤務手当の算定においても年次有給休暇の取扱いをすべきであると主張するので判断する。

年次有給休暇制度は労基法三五条の休日のほかに有給の休暇を与えて余暇を確保し、労働力の再生産をはかるとともに労働者に社会的、文化的生活を保障することにあり、労基法三九条四項は右目的を達成するため「平均賃金」、「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」、「健康保険法三条に定める標準報酬日額に相当する金額」のいずれかを支払うべき旨定めている。しかし右手当額によれば、年次有給休暇手当は出勤した場合の賃金と同一の額までを保障したものではなく、使用者としては有給休暇に対しては同条所定の手当を支給すれば原則として労基法に違反することはないというべきである。そして、本件における乗務手当における乗務時限、勤務手当における出勤日数の計算においても年次有給休暇の取扱いをすべきか否かについては、右各手当の性質、内容額が前記年次有給休暇の趣旨、年次有給休暇手当の内容等に照らし、右制度の趣旨に反すると判断される場合には年次有給休暇の取扱いをすべきである。進んで各手当について考察する。

1 乗務手当について

成立に争いのない甲第一二号証(賃金規程)によれば、乗務手当は賃金規程中の第三章(基準外賃金)第一五条(時間外手当)第三項に規定され(因みに同条第一項、第二項は残業についての時間外賃金に関する規定である)、その内容は技能指導員については勤務時限に応じ一定額の手当を支払うというものであることが認められ、右賃金規程の規定の仕方及び当事者間に争いのない前記乗務手当の計算方法を総合すれば、乗務手当は現実に就労した時間に対する対価的な性質を持つたものとして設定されていることが明らかであるのみならず、健保日額は毎年五ないし七月の三ケ月にわたる総賃金の平均日額として算出され(健康保険法三条二項)、右総賃金にはその期間に支払われた乗務手当を含むものであるから、右期間に乗務手当が全く支払われないという場合(前記乗務手当の決め方からするとかような場合は殆んど生じないと解される)を除いては、年次有給休暇手当の面で乗務手当が考慮されているので、乗務手当の算出についてはその性質上年次有給休暇を考慮すべきものではなく、原告ら主張のように年次有給休暇を考慮した計算をすれば、乗務手当に関しては出勤した場合に比べ年次有給休暇手当中に組み込まれている乗務手当分だけ高額になることが明らかであり、その不当なことはいうまでもなく、またこのような計算をしなければならない特別の根拠もない。よつて乗務手当に関する原告らの主張は採用しない。

2 勤務手当について

賞与額を定めるについて、実出勤日数により差を設けることは、原告らが主張するように一面において、労働者に出勤を奨励して年次休暇権を放棄させ、ひいては年次有給休暇制度の趣旨を没却するに至る危険性がないとはいえないが、反面賞与には報償的側面があることも否定できず、会社が実出勤日数の多い者の労働に報いるため賞与額に差を設けることが許されないわけではなく、一概に年次有給休暇制度に反し、年次有給休暇取得者を不当に差別するものとはいい難い。結局右差額が高額であつて、労働者をして年次有給休暇を取得する意思を抑制しちゆうちよさせる効果を生ぜしめる程度のものである場合には、年次有給休暇制度に反するものとして無効とすべきである。

これを本件についてみるに、原告らが本件で主張する勤務手当は、昭和五六年度年末、昭和五七年度夏季、同年度年末、昭和五八年度夏季の四回にわたる賞与中に含まれる手当であるが、前記当事者間に争いのない事実によるとその各賞与中には他に基本手当、勤怠手当、奨励手当、家族手当を含んでおり、右各賞与の一人当りの支給合計額(基本手当は指導員各人の平均をとり、家族手当は世帯者を対象とし、その他の手当はいずれも支給されうる最高限度額をとつた場合)と勤務手当の最高限度額は、それぞれ別紙賞与明細表(一)(二)欄記載のとおりとなること、右各賞与の算定期間中の所定日数及び所定日数を全て出勤した場合とその期間内に一〇日欠勤した場合とで支給される勤務手当の差額は、それぞれ同表(三)(四)欄記載のとおりであり、同差額の賞与合計額に対する割合は同表(五)欄記載のとおりとなることが計算上明らかである。すると、年間二〇日間の年次有給休暇を有する者が半年間に一〇日ずつ一年にすべて消化した場合を想定しても勤務手当につき年次有給休暇を考慮した扱いとの差額は半年間で前記賞与明細表(四)欄記載の額であるに過ぎず、年次有給休暇日数の少ない者はその差額が更に少額となる。そして勤務手当額の割合も二、三日ごとの区分となつているため一、二日の休暇が手当額に影響しない場合もあること、前記最大限の差額の賞与合計額に対する割合及び勤務手当があらかじめ定められたものではなく、各年半期ごとに賞与の一部として協定されており、その内容についても各期ごとに異なつているものであること等を総合して判断すると、本件勤務手当が年次有給休暇の取得を抑制する方向に作用することが全くないとはいえず、したがつて、その差額をできるだけ少額にとどめることが望ましいとしても、いまだ、被告の取扱いが年次有給休暇制度の趣旨を没却し公序良俗に反するというほど違法、不当なものであるとまでは言い難い。よつて勤務手当に関する原告らの主張も採用しない。

三 結論

以上の次第で原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

請求債権目録1~16〈省略〉

賞与目録(一)

指導員(在籍満1年以上)

1 基本手当

各人の基本給(平均183,886)×1ヶ月   183,886円

2 勤務手当               110,000

但し次の通り各人の出勤日数に基づく

124日~ 以下        0

125 ~ 136      85,000

137 ~ 139      90,000

140 ~ 142      95,000

143 ~ 145     100,000

146 ~ 148     105,000

149  ~以上     110,000

3 勤怠手当               110,000

但し、不就労(1日は8H)1H及び遅、早、外1回につき600円減額 病気(診断書又は薬袋)欠勤は6日目より1Hにつき300円減額する。

4 奨励手当               180,000

但し次の通り各人の残業時間数に基づく

125H~ 以下        0

126 ~ 129     130,000

130 ~ 133     140,000

134 ~ 137     150,000

138 ~ 141     160,000

142 ~ 145     170,000

146 ~ 以上     180,000

5 家族手当

但し 世帯者     55,000

独身      35,000

以上 1~5              638,886

賞与目録(二)

指導員(在籍満1年以上)

1 基本手当

各人の基本給(平均193,409)×1ヶ月   193,409円

2 勤務手当               100,000

但し次の通り各人の出勤日数に基づく

130日~ 以下        0

131 ~ 133      50,000

134 ~ 136      60,000

137 ~ 139      70,000

140 ~ 142      80,000

143 ~ 145      90,000

146 ~ 以上     100,000

3 勤怠手当               100,000

但し、不就労(1日は8H)1H及び遅、早、外1回につき600円減額 病気(診断書又は薬袋)欠勤6日目より1Hにつき300円減額する。

4 奨励手当               180,000

但し次の通り各人の残業時間数に基づく

122H~ 以下        0

123 ~ 126     130,000

127 ~ 130     140,000

131 ~ 134     150,000

135 ~ 138     160,000

139 ~ 142     170,000

143 ~ 以上     180,000

5 家族手当

但し 世帯者     40,000

独身      10,000

以上 1~5              613,409

賞与目録(三)

指導員(在籍満1年以上)

1 基本手当

各人の基本給(平均193,409)×1ヶ月   193,409円

2 勤務手当               120,000

但し次の通り各人の出勤日数に基づく

124日~ 以下        0

125 ~ 136      70,000

137 ~ 139      80,000

140 ~ 142      90,000

143 ~ 145     100,000

146 ~ 148     110,000

149 ~ 以上     120,000

3 勤怠手当                120,000

但し、不就労(1日は8H)1H及び遅、早、外1回につき600円減額 病気(診断書又は薬袋)欠勤は6日目より1Hにつき300円減額する。

4 奨励手当               200,000

但し次の通り各人の残業時間数に基づく

125H~ 以下

126 ~ 129     150,000

130 ~ 133     160,000

134 ~ 137     170,000

138 ~ 141     180,000

142 ~ 145     190,000

146 ~ 以上     200,000

5 家族手当

但し 世帯者     50,000

独身      10,000

以上 1~5              683,409

賞与目録(四)

算定期間 57.11.21~58.5.20

算定基準 58.5.20現在に基づく

支給額  職種別に決定

支給率 満3年以上 100%

3年未満   90%

2年〃    70%

欠格条項 別項のとおり

受給資格 支給日当日在籍者

支給日  別に定める

支給額  (1.4.5.6.7)  651,705

1 基本手当 各人の基本給の50% 平均額96,705

2 役職手当 班長又は検定業務に携わるもの 60,000(併給はしない)

3 年功手当 在籍満10年以上    40,000

〃9年6ヶ月以上    20,000

(但し役職手当受給者除く)

4 勤務手当             100,000

但し下記の出勤日数に基づく

130日~ 以下         0

131 ~ 132       50,000

133 ~ 134       60,000

135 ~ 136       70,000

137 ~ 138       80,000

139 ~ 140       90,000

141 ~ 142      100,000

5 勤怠手当       100,000

但し不就労(1日は8H)1H及び遅、早、外、1回につき600円減額病気(診断書又は薬袋)欠勤は6日目より1H300円減

6 奨励手当     330,000

但し下記の残業時間数に基づく

123H~ 以下         0

124 ~ 126      230,000

127 ~ 129      250,000

130 ~ 132      270,000

133 ~ 135      290,000

136 ~ 138      310,000

139 ~ 以上      330,000

7 家族手当(但し世帯者) 25,000

乗務手当支給基準目録(一)

乗務手当支給基準表

135 ~ 以下=  0円         累計

136 ~ 155 = 150 = 3,000円

156 ~ 175 = 200 = 4,000 =  7,000円

176 ~ 195 = 250 = 5,000 = 12,000

196 ~ 215 = 300 = 6,000 = 18,000

216 ~ 235 = 350 = 7,000 = 25,000

236 ~以上 = 400

135 ~ 以下=  0円         累計

136 ~ 155 = 150 = 3,000円

156 ~ 175 = 180 = 3,600 =  6,600円

176 ~ 195 = 230 = 4,600 = 11,200

196 ~ 215 = 260 = 5,200 = 16,400

216 ~ 235 = 300 = 6,000 = 22,400

236 ~以上 = 300

乗務手当支給基準目録(二)

乗務手当新旧表

180 ~ 以下  0円

181 ~ 190  (a)300 +10,000  13,000

191 ~ 200   400       17,000

201 ~ 210   500       22,000

211 ~ 220   600       28,000

221 ~ 230   650       34,500

231 ~ 240   700       41,500

241 ~ 250   700       48,500

251 ~ 260   700       55,500

135 ~ 以下  0円

136 ~ 155  (a)150   3,000

156 ~ 175   200   4,000   7,000

176 ~ 195   250   5,000  12,000

196 ~ 215   300   6,000  18,000

216 ~ 235   350   7,000  25,000

236 ~ 以上  400

賞与明細表

(一)賞与合計

(二)勤務手当

(三)所定日数

(四)差額

(五) (四)の(一)

に対する割合

昭和五六年度年末

六三万八八八六円

一一万円

一五一日

一万五〇〇〇円

二・三五%

昭和五七年度夏季

六一万三四〇九円

一〇万円

一四六日

四万円

六・五二%

昭和五七年度年末

六八万三四〇九円

一二万円

一四九日

四万円

五・八三%

昭和五八年度夏季

八九万七二一六円

一三万円

一四二日

六万五〇〇〇円

七・二四%

(別表)

賃金支給項目

基準内

賃金○印

有給の場合

の休務控除

対象○印

有給休暇

手当控除

○印

基本給

精勤手当

路上手当

通勤手当

家族手当

乗務手当

給食手当

時間外手当

有給休暇手当

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